年を重ねる中で「昔と比べて体力がなくなってきた」「文字が読みにくくなってきた」と感じる方は多いかもしれません。誰にとっても他人事ではないのが、「老い」。年を取っても、できるだけ心身ともに元気でいたいものですよね。
高齢者が住み慣れた場所でいつまでも自分らしく元気に暮らせるよう、厚生労働省を中心に推進されているのが「地域包括ケアシステム」という仕組みです。地域や医療が協力し、官民一体となって高齢者の自立した生活をサポートしています。このシステムを運用するうえで注目されているもののひとつがICTを活用したテクノロジー。少子高齢化にまつわる課題の解決につながる社会の動きと新しいテクノロジーを解説します。
日本における少子高齢化は深刻化しており、2050年には65歳以上の人口が総人口の37%を超えると予想されています。そして、労働人口の減少と高齢者の増加で懸念されるのが、介護や医療サービスの逼迫(ひっぱく)や不足という問題です。つまり、ある程度介護が必要になっても、病院や施設ではなく自宅で自立した生活を続けることが、これまで以上に必要になると考えられています。
「年を取っても住み慣れた自宅で安心して暮らしたい」と考えている方も決して少なくないでしょう。しかし、これを実現させるには、高齢者本人とその家族や公的なサービスだけでなく、施設や病院、そして地域による協力が欠かせません。
そこで、政府が2014年から推し進めているのが「地域包括ケアシステム」です。
これは、配食や買い物支援サービスなどを提供して高齢者が自宅で生活できるようにするだけではありません。高齢者クラブなど生きがいを感じられるような社会参加の場を提供したり、健康を保つための運動教室を開催するなど、広い範囲でQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)の向上が進められます。
「住まい」「医療」「介護」「生活支援・介護予防」という観点で、自治体や医療、地域が一体的に提供して高齢者の生活を支えていこうという仕組みです。
しかし、各自治体、保健センターや地域包括支援センターなど、多くの人や事業所が関わるシステムだけに、情報のやり取りには難しさがあります。それぞれのサービスや情報の提供が断片的になってしまったり、物理的に人手が足りなくなったりすることもたびたびあるでしょう。ある調査では、地域包括支援センターに寄せられる高齢者の相談に対し、約45%が「なんとかギリギリ対応している」、さらに約50%が「リソース不足を感じている」と答えており、多くの窓口が人員や体制の不足を実感しているようです。
このことからも、全国で約7400か所にある相談窓口(2024年4月時点)は懸命な運用で持ちこたえていると考えられます。
せっかくの地域包括ケアシステムをもっと円滑に運用する方法はないのでしょうか。このような状況下で近年注目されているのがICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)の活用です。
ICTは地域包括ケアシステムの中でどう活用されているのでしょうか。例としては介護サービスに関する情報を収集・蓄積・分析するシステムや機器の開発が挙げられます。介護記録ソフトなどの導入によって今までスタッフが手作業で入力していた記録の手間を省くことができるのです。
また、自治体などのビッグデータを分析し、地域のニーズや課題を「見える化」するシステムを導入すれば、施策決定の際に役立つでしょう。窓口ごとで断片的に提供されていたデータを集約し、関係者が必要な情報を入手できるサイトも作られています。2023年に厚生労働省が発表した、介護保険サービス施設・事業所約1万6000か所を対象とした調査によると、こうした介護業務の支援を行うシステムの普及率は、約10%となっていますが、今後さらに増えると予想されます。
ロボットなどを使った物理的な介護テクノロジーも開発が進んでいます。
介助者のパワーアシストを行う装着型・非装着型機器、ロボット技術を活用した移動・歩行支援機器、排泄・入浴の支援機器などが開発され、多くの施設で導入されています。また、問い合わせに自動対応できるAIチャットボットを使えば、事務の負担を削減できることに加え、近年制度化された外国人介護人材の定着にも貢献するでしょう。
さらに、センサーやカメラで高齢者を見守りながら高齢者のQOLも向上する工夫が施された見守りロボットもあります。離れて暮らす家族とコミュニケーションをとったり、AI技術を利用してロボットと会話ができるものもあり、ひとりで暮らす高齢者や親の介護をする家族、介護施設などさまざまな場所で役立っています。
見守りロボットの多くは親しみやすいデザインになっており、友達やペットのような存在になるでしょう。ユピテルの見守りロボット「ユピ坊」は、クリっとした目と丸みを帯びたフォルムが特徴。見られていることを意識させないので、高齢者の見守りにも活用されています。
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ICTの導入はすでに多くの施設や自治体で成果を上げています。ある介護施設ではセンサー付き見守り機器の導入によって訪室回数が減り、結果としてスタッフの残業時間を月平均3時間削減できました。センサーで呼吸数や心拍数などを確認したり、カメラの映像で入居者の状態を遠くからいつでも把握できるようにしたりと、より的確な判断に繋げられる環境をつくっています。
また、三重県鳥羽市では高齢者のフレイル(加齢で心身の活力が低下している状態)を発見するため、家庭の電力使用データを分析するAIの導入を検討しています。一人で暮らす高齢者のフレイルは早期発見が難しい中で、実証実験ではAIが多くの「フレイル予備軍」を検知し、自治体は大きな手応えを感じているそうです。
そうした中で情報共有ツールを導入して生活支援コーディネーターとのやりとりをデジタル化したのが埼玉県入間市です。これにより、細々とした手間を削減することができ、スタッフ間の連携も強化され、サービス向上にも役立っているといいます。
福岡県福岡市は地域包括ケア情報プラットフォームを構築しました。データ集約・分析システムや介護情報・健診結果などを共有するシステムの導入で関係者の連携がスムーズになりました。生活支援サービスもウェブサイトで公開されており、利用者が必要な情報を検索・閲覧しやすくなっています。
ICTは介護スタッフの負担を減らすだけでなく、利用者の安全性やサービスの質を向上させるうえでも役立っているのです。
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ICTを活用した地域包括ケアシステムは、介護における多くの課題を解決してくれます。もちろん、これらのサービスを運用し、そのメリットを活かすには、地元住民との信頼関係が不可欠です。
自宅で過ごす高齢者はもちろん、親の介護をする家族、近隣地域の高齢者の方々が孤立せず安心して暮らせる社会づくりに、一人ひとりができることをしていきたいものです。